toshiie【今日のチケット】
4012 前田利家 2011-02-10 09:47:24 戦国くじ【 火 】

加賀藩主、前田家の祖にあたる武将だワン!

『槍の又左』という異名で呼ばれるほどの槍の名人だったらしいワン!



【保有チケット】

炎チケット(合戦の英雄) 15枚

火チケット(勝利国の証) 6枚-1枚



  ↓ポチッと一押し、ご協力お願いします。<(_ _)>
人気ブログランキングへにほんブログ村 ゲームブログ ブラウザゲームへ戦国IXA・攻略ブログネットゲーム全般・攻略ブログ


今更ながらの前田犬千代の登場です。^_^;



前田氏の出自は、利家の父利昌以前は、明確ではありません。

江戸時代、幕府が各大名家に家系図の提出を求めます。

そのときに、「家系図は林羅山にお願いしている。」と言ったと伝わっていますから、前田家自身把握していなかったのでしょう。

広く流布している菅原姓は、羅山が作ったものです。



利家自身は、男性の平均身長が157cm程度の時代に182cmを誇る類稀なる恵まれた体格の持ち主でだったようで、顔も端整であった事から非常に見栄えのいい武将であったと言われています。

また、三間半柄(約6m30cm)の長く派手な造りの槍を持ち歩き、初陣以降、緒戦で槍先による功を挙げた武辺者であったため、槍の又左の異名で称えられた訳です。



この利家にまつわる話。

桶狭間の戦いの前年、普段から信長配下の武将に対して横柄な態度が多かったという信長お気に入りの茶坊主に拾阿弥というのがいました。

この拾阿弥が、利家佩刀の笄を盗み、利家を激怒させました。

激怒した利家は許可なしに信長の面前で拾阿弥を斬殺し、織田家を出奔します。
この事件は世に「笄斬り」とよばれます。



その後、利家は何とか織田家中に戻ろうと、織田家の合戦に無断で参加して、武功を上げ続けます。

そして最後には、信長も、その忠勤に免じて利家を召抱えたということです。



そのときのことを利家は後に、「落ちぶれているときは平素親しくしていた者も声をかけてくれない。だからこそ、そのような時に声をかけてくれる者こそ真の友人だ。」と言ったと言います。